評決

 

そうかあ、彼女・・・カレン・リードさん、無罪になったか。

Karen Read speaks after being found not guilty of second-degree murder - ABC

ABC News
June 19, 2025

事件のあらましは・・・(敬称略)


2022年1月28日

金曜日の夜、吹雪だった。

ボストン市警の警察官ジョン・オキーフ (John O'Keefe)は友人たち、そして恋人のカレン・リード (Karen Read)と一緒にバーで飲んでいた。

カレンは当時、投資信託会社フィデリティ・インベストメンツの金融アナリストだった。


1月29日

土曜日になってすぐ、午前0時過ぎ。

ジョンはカレンの車に乗せてもらい、彼の同僚のブライアン・アルバートの家に行く。

アルバート家ではホームパーティが開かれていて、市警の同僚やバーで飲んでいた友人たちも集まっていた。


同日 午前1時ごろ。

ジョンとカレンがケンカを始め、カレンはアルバート家から出て、ジョンもすぐに彼女を追いかけて出て行った。

この二人の行動は、夜通しのパーティで大勢の人達が集まっていたので、特に誰も気にとめることはなかった。

なお、ジョンとカレンは1ヶ月ほど前から関係が上手くいっておらず、バーで飲んでいた時には既にお互いが文句を言ったり、アルバート家を出た後のカレンが「ジョン、あんたなんか大嫌い!」とボイスメールに残したりしていた。


この時点で関係者全員が酩酊状態であり、以降は証言や分析によって内容が異なる部分がある。

なお当然だが、これらの関係者で車を運転している人物たちは全員が飲酒運転しており、その点は有罪判決が出ている。


同日 午前4時ごろ。

アルバート家から出たカレンは車で自宅に帰ったが、酔いが醒めはじめるとジョンが心配になり、ジョンの家族やあちこちに電話をかけた。

アルバート家にも「カレンとケンカしたジョンがどこにもいない」と連絡が入った。


同日 午前5時ごろ。

カレンがアルバート家に戻り、ジョンの家族も来て、パーティの参加者も一緒になってジョンを探し始めた。


同日 午前6時ごろ。

カレンがアルバート家の庭先で、雪の中で倒れて意識不明のジョンを発見した。

通報で駆け付けたパトカーのダッシュカムには、ヒステリー状態のカレンが写っている。

この時の様子として、救急隊員はカレンが「私が轢いちゃったのよ!」と泣き叫んで激しく動揺していたと証言した。

そして、現場からはテールランプの破片が発見され、カレンの車の割れたテールランプと一致した。


同日 午前7時59分。

ジョンが運び込まれたメディカル・センターで彼の死亡が確認された。

ただし、彼の死亡時刻は曖昧で特定はできなかった


後日、検察は「アルバート家から追いかけてきたジョンを、カレンが車をバックさせて殺そうとして轢き、そのまま放置した」として、第二級殺人(殺意はあったが計画性のない衝動的な殺人)で起訴した。


・・・あらましは以上である。


Karen Read speaks after being found not guilty of second-degree murder - ABC

ABC News
June 19, 2025

しかし、しかしだ、ザックリ書くと三つの疑問点がこの三年間で解決されなかった・・・


1. ジョンは雪の中に倒れていたため遺体は凍死したように保存状態がよかった。しかし、ジョンの傷は車で轢かれて出来るような傷ではなく、その傷が出来た原因も特定できなかった。また、現場から割れたグラスが発見されたり、アルバート家が犬を放し飼いにしていたことなどもあって、彼の傷の原因と死亡時刻については数多くの仮説が立てられた。

2. カレンの車レクサスLX570のテールランプが割れており、その破片はジョンの近くで見つかった。しかし、この破片からジョンを轢いた明確な痕跡は発見できなかった。また、普段からジョンがカレンの車を使うことがあったため、指紋の痕跡なども証拠としては不十分だった。

3. ジョンが倒れていた場所やその周囲を撮影していた監視カメラはない。勿論、関連する周辺や道路の監視カメラの映像は全て証拠物件として採用された。しかし、吹雪の深夜であったため、ほとんどの映像が不鮮明であったり、音声も不明瞭なものが多かった。パトカーのダッシュカム(ドライブレコーダー)でさえ、フロントガラスが雪や水滴で滲み、それらにライトが乱反射して不鮮明だった。

なお、アルバート家の駐車場の監視カメラは軒下に設置されていたため、鮮明な映像が記録されていた。この映像はカレンが車を運転する様子がはっきりと確認できるほぼ唯一の記録である。その映像には、彼女が駐車場から出ようと車をバックさせ、停車中の他車にリアをぶつけてしまう車の挙動、つまり、テールランプが割れてしまう可能性が高い車の挙動が撮影されていた。

このカレンの車の挙動は、彼女がジョンを轢いたと仮定しても、彼の死因や死亡時刻が曖昧なため、轢く前か轢いた後かの時系列が特定ができず、結果的に検察が主張した「ジョンを殺そうと轢いた後で、わざと他車にバックしてぶつけ、カレンが割れたテールランプの証拠を隠滅しようとした」とする説には整合性が得られなかった。


・・・という、被害者が市警の現役警察官、被疑者が大手金融会社の美人アナリスト、状況証拠も物的証拠も曖昧、あらましには書かなかったがパーティに集まった人物たちが複雑な人間関係で事件当日に怪しい動きまでしている、となれば・・・後はもう、マスコミやSNSの盛り上がりは説明不要だろう。


Karen Read found not guilty of murder in retrial on police officer boyfriend's death: LIVE COVERAGE - ABC

ABC News
June 19, 2025

余談だが、裁判所の周りに集まっているピンク色の群衆はカレンさんのサポーター達である。彼女が「ピンク大好き」と「言った」らしい、からこうなった。当然カレンさんのためではあるが、どちらかというと現場のサポーターを更に後方支援?するためにピンク色のアイテムの購入運動が広がり、裁判所の周りがピンク色で埋め尽くされるようになった。

ちなみに、俺は今までメディアを通してテキトーにしか見てきてないが、彼女がアウトフィットどころかピンク色のアクセサリーすら身に着けている姿を一度も見たことがない。

ただし、カレンさんがサポーター達に「愛を!」と「訴えた」のは確かで、手話の愛サイン(両手で作る🫶ではなく、片手でできる🤟サイン)は彼女自身も弁護団の連中も手を掲げてこのサインをよく出している。


Not Guilty - "12 Angry Men" Sidney Lumet, BS: Reginald Rose, US 1957

"12 Angry Men" Sidney Lumet
MGM / United Artists

余談ついでだ。

法廷劇そのものは昔からいろいろな形であった。


あったが、やはり真っ先に思い出すのは、1957年に公開されたシドニー・ルメット監督の映画「十二人の怒れる男」だ。

今風に言えば、エビデンス(根拠)の捉え方や集団ヒステリーに対して個人はどう行動すべきなのか、といったことが誰にでも理解できる演出で上手く語られていく。

これが今から約70年も前にエンタテインメントとして制作された、という点は本当に驚くべきことだと思う。


ただまあ今は、エビデンスの元になる鑑識技術も向上したし、日常生活の中の記録媒体が激増したのも事実だ。

昔は動画に証拠能力ナシなんて言われたりしたが、今や監視カメラの映像があったら真っ先に証拠に採用されている。

また、集団ヒステリーの「集団」は「陪審員室の十二人」なんて少人数を大きく超えて、SNSを含めた世界中の人間たちが相手となる。


しかし神様は意地悪で、永遠に「真偽不明な事件」がなくなることはないしだろうし、もし今「十二人の怒れる男」をリメイクするとしたらどんな映画になるんだろうか。

勿論、時代は変われど法治国家である以上、疑わしきは罰せずという「推定無罪の原則」は厳守しなければならない。

んが、今回のカレンさんの評決を見ていて、法治国家の将来がちょっと不安になる点もいくつかあったんだよなあ。


LIVE: Jury reaches verdict in Karen Read retrial - ABC

Karen Read found not guilty of second-degree murder [RAW] - FOX

Karen Read found not guilty of second-degree murder in death of boyfriend - AP

ABC News
June 19, 2025


特に不安になった点は、法廷の様子を中継するのはアメリカの当たり前でまあ良しとして、その法廷の中にまで裁判所の外にいるサポーター達の歓声が届いてしまう、という状況である。

ABCだけでなく他局も見てみたが、法廷に入ってるカメラはメイン1台とサブ1台だけで音声は同じだ。APで素材映像も見たが、やはり法廷の中にまでサポーター達の歓声が聞こえる。つまり、放送局側が番組用に屋外の音声を被せたりする加工はしていない、ようなのだ。


うーん、それって如何なモノなのか。


もし俺が陪審員だったら、これはすっごく嫌だ。

有罪でも無罪でも、評決の前後にSNSとかまず見ないにかぎるし、評決を下す時に外野の歓声、ましてや怒号なんて絶対に聞きたくない。

粛々と落ち着いて、法廷の中で提示された証拠で判断したいのに、心がブレてしまいかねない。


俺は弱い人間だ。

映画「十二人の怒れる男」で聞こえる余計なノイズは扇風機と、雨音だけだった。

俺は、その雨音だけでもブレてしまいそうな人間だというのに。


裁判長、もっと静かな場所で評決することを希望します。