有人であることの是非、人類が宇宙へ進出することの是非についてはここで問わない。
だが、有人であることの是非、人類が宇宙へ進出することの是非で最大の難関となる課題は「人間」自身だ。
宇宙飛行士というのは、万単位の志願者から心身両面において選ばれ抜かれ、鍛え抜かれている。
自分なんかの人生では、出会うどころか、目を合わせる機会すらないほど優秀な人材が宇宙飛行士なのだ。
それでも長期滞在、年単位で続くような長期滞在となると、宇宙はまだまだ過酷な世界なのである。
Space Is Hard NASA |
宇宙の話となるとどうしても楽観的な話が多くなる。
敢えて今、自分が務めている職場の同僚数名と月や火星へ行く指示が上司から下されたと考えてみて欲しい。
言い方は悪いが、死亡事故となれば原因は徹底的に究明されるが、地上でも死亡事故というのは稀である。
月での生活や火星へ向かう長期航行では、むしろ日常に存在する些細な人間関係こそが重要になってくる。
死亡事故以外で公にされたことのある、人間関係が主な原因とされるトラブルを年度順に挙げてみよう。
1973年
1. 関係国
アメリカ
2. 場所
NASAの有人宇宙ステーション「スカイラブ4号」
3. 内容
・作業スケジュールの遅れからステーション側と地上管制側が言い争いとなった。
・宇宙飛行士たちが作業指示を拒否し、ステーション側がストライキのような状態となる。
・地上管制側が折れることで解決、以降の作業スケジュールを改善するきっかけとなった。
1982年
1. 関係国
ロシア
2. 場所
旧ソ連 (現ロスコスモス※) の宇宙ステーション「サリュート7号」
3. 内容
・トラブルが連続し、宇宙飛行士のワレンティン・レベデフとアナトリー・ベレゾボイがお互いを無視。
・レベデフが「地球に帰還させないとベレゾボイを殺す」と訴えるまでに二人の人間関係が悪化。
・精神科医が通信でカウンセリング後に解決、結果的には221日間の長期宇宙滞在となった。
※ロシアの宇宙開発は旧ソ連が崩壊するまで軍事機密の扱いであり、ソビエト一般機械製造省などが極秘に担当していた.
これが原因で「アメリカ (国名) のNASA (機関名) の何々(計画名など)」に対して、現在でも「ロシアの何々」と機関名が省略されたり不明のままであることが多い.
ロシアの機関名は1992年にロシア連邦宇宙局として公になり、2014年から現在のロスコスモスとなって正式に表記されるようになっている.
1997年
1. 関係国
ロシア
2. 場所
ロシア連邦宇宙局 (現ロスコスモス) の宇宙ステーション「ミール」
3. 内容
・ミールにドッキングしようとした補給船プログレスM-34が衝突、ミールに空気漏れや電源消失が発生。
・極度の緊張状態で、アレクサンドル・ラズトキン宇宙飛行士が自殺を示唆するような精神状態となる。
・宇宙飛行士たちは休憩を提案、地上管制側から解決策も示されたことで精神状態が回復した。
1999年
1. 関係国
ロシアとカナダ
2. 場所
ロシア連邦宇宙局 (現ロスコスモス) の地上訓練施設
3. 内容
・宇宙ステーション「ミール」を模した施設で110日間という長期閉鎖環境での集団訓練が実施された。
・カナダ人のジュディス・ラピエール宇宙飛行士が「キスを迫るセクハラがあった」としてロシア側を提訴。
・ロシア連邦宇宙局は「文化の違い」と反論するも、関係者の処分が不透明で世界中から非難を浴びた。
2007年
1. 関係国
アメリカ
2. 場所
フロリダのオーランド国際空港
3. 内容
・リサ・ノワック宇宙飛行士がコリーン・シップマン空軍大尉を空港駐車場の車内で暴行し、逮捕された。
・ノワックは催涙ガスや銃、ナイフ、変装用のカツラまで準備しており、第1級殺人未遂容疑で起訴される。
・原因はウィリアム・オーフェリン宇宙飛行士を巡る不倫のもつれと三角関係で、NASAは関係者を処分。
・ノワック宇宙飛行士には禁固2日とGPS付の保護観察1年などの有罪判決が下された。
・NASAは国家公務員のプライベートに干渉しないが、宇宙飛行士の精神鑑定は改善することを表明した。
Nowak Gets Probation After Pleading Guilty - WESH 2 News, US 2009
WESH 2 News |
2018年
1. 関係国
アメリカとロシア
2. 場所
NASAの国際宇宙ステーション (ISS)
3. 内容
・空気漏れが発生し、ロシアのモジュール「ソユーズMS-09」に約2mmの穴があいていることが発見された。
・穴を塞ぐことに成功して空気漏れも止まるが、空気漏れの発生した時間帯と穴の状態が問題となる。
・空気漏れの発生した時間帯は、ロシア人の宇宙飛行士たちが船外活動中で船内には不在だった。
・穴の状態は、ドリルで空けたような真円で、ドリルなどの工具はアメリカ側が管理していた。
・米露の双方が宇宙飛行士の心理テストの結果を開示するように要求、双方が拒否する事態となる。
・最終的にロシア側の製造ミス説で事態は収束したものの、双方の関係者には禍根を残すこととなった。
International Space Station sabotage? - euronews, France 2018
An Astronaut onboard the ISS has tackled an air leak - euronews, France 2018
euronews |
2019年
1. 関係国
アメリカ
2. 場所
NASAの国際宇宙ステーション (ISS)
3. 内容
・アン・マクレイン宇宙飛行士がISS滞在中に離婚相手の銀行口座に不正アクセスしたことが発覚。
・原因は、元宇宙飛行士で同性婚していたサマー・ウォーデン空軍情報職員と養子を巡る養育費問題だった。
・宇宙滞在中の人間が地球上の人間を巻き込む初めての犯罪容疑として世界的に注目を集めた。
・2000年にマクレイン宇宙飛行士は無罪が確定、ヒューストン連邦大陪審も告訴を取り下げた。
・今後、多国籍な宇宙飛行士が滞在するISSで犯罪があった場合、どの国の法律を適用するかなども課題に。
・NASAは指針を再検討中とするも、現状では宇宙飛行士の国籍がある国の法律に従うことを表明した。※
※日本人であれば1998年に国会で承認された「国際宇宙基地協力協定」(民生用国際宇宙基地のための協力に関するカナダ政府、欧州宇宙機関の加盟国政府、日本国政府、ロシア連邦政府及びアメリカ合衆国政府の間の協定)に従う。
CBS 17 |
直近で最も長期となる有人の計画は火星探査、あるいは火星への着陸である。
アメリカは最初から男女混成の数名でチームを組むことを検討し、これを実施する可能性が高い。
ロシアは男性のみで数名のチームを組むことを検討し、恐らく女性の参加はしばらく考えていない。
但し両国ともに、有人火星探査の宇宙飛行士に求められる最も大切な資質は「協調性」であるとしている。
人間の協調性は技術的な課題以上に、最も困難な課題となるであろう。